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COLUMN
ごくまれに綴る感想文


謹賀新年
あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。 新年の抱負は、2月には忘れてしまう私なので・・・ いつも思っている事、を大切に 今年も変わらず生きていこうと思います。 平和な年となりますように。 浜松市舘山寺にある佐藤牧場さんのポニーさん。 撮影しようとしたら、自らお立ち台へ上がってカメラ目線くださいました。 しっぽの躍動感も、プロ! 馬の美しさに目覚めた午年の始まり。

Mayumi Yokoyama
1月2日


難波田龍起 in 東京オペラシティアートギャラリー
お気付きだろうか? 横山は抽象画展ばかり見に行っている!と。 具象画は、その絵画の歴史的背景や絵画史の流れ、絵画技法に精通していないと真の意味を理解できないような気がして、とてもハードルが上がってしまうのだ・・・ (美術専攻ではない者のコンプレックス爆発が原因でお恥ずかしい限り。) それに対し、抽象画というのは、感覚に直接訴えてくるような表現も多く、受け取り方も自由であっていいような気がして好きなのだ。 これも勝手な解釈だろう・・・すみません。 初めて難波田龍起作品を見たのは、世田谷美術館の常設展だったろうか? 数ある作品の中から、難波田龍起が心に残ったのも、直接心に入ってくる感覚があったからだ。 今回はその難波田龍起作品三昧とあっては、行かないわけにいかない! という事で、相変わらず滑り込みで鑑賞してきた。 (そして、超時差投稿ゆえに、展覧会はとっくに終わっていて申し訳ない・・・) この展覧会の特筆すべき点は、絵画ごとの説明が全く展示されていないという点だ。 作品には番号のみふられており、詳細は別紙ご参照あれ!という構成。 こんな展示を待ってい

Mayumi Yokoyama
2025年12月20日


彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術 in アーティゾン美術館
オーストラリアの原住民であるアボリジニーの血を受け継いだ者たちによって、その民族工芸から派生した様々なアート表現で展開される、アボリジナル・アート。 伝統的でありながら、現代アートにくくられる不思議な立ち位置も興味深い。 今回の展覧会は、その中でさらに女性作家に限定しての企画展である。 私が今回この展覧会に行ったのは、過去との再会を求めてだった。 20年ほど前、国立新美術館で出会った”エミリー・ウングアレー“という人の作品にもう一度触れたかったのだ。 大きな布に描かれた彼女の抽象画が天井から吊るされている、という斬新な演出があり、 その部屋に足を踏み入れた瞬間、あたたかい風を浴びるような感覚に陥り、涙があふれてきたのを今でも覚えている。 圧倒的な”生きる”という決意とか、土着的なエネルギーにあてられた、そんな感じだった。 果たして今回、私の心はどんな反応をしたのか? まず、会場に足を踏み入れた瞬間、あのときの感覚と似た圧倒的なあれ・・・体の芯がゾクゾクする感覚に包まれた。 それはエミリーの作品ではなかったが、あのときの体験に非常に似ていた。...

Mayumi Yokoyama
2025年8月5日


パウル・クレー展 in 静岡市美術館
私にとってパウル・クレーという画家は特別な存在だ。 絵画が持つ【エネルギー】というようなものを初めて感じたのがクレーの「魚の魔術」という作品だったからだ。 その絵画の前に立った瞬間、吸い込まれるような、金縛りにあったような、とにかくものすごい吸引力で動けなくなってしまった。 まさに魔術としか言いようのない力で、私はクレーにおちた。 絵画は、視覚に訴える芸術だと思っていたが、どうやらもっと違う感覚・第六感以上の何かで感じるもののようだ、と体感させられた。 そんなクレーの展覧会を静岡市美術館で見てきた、以下感想文である。 この展覧会では、魔術にかかることはなく、むしろクレーという人間の人間らしさを感じることが出来る展示内容だった。 「北方の森の神」という作品を見ていると、クレーという人が確かに存在していた、私たちと同じように生きて、いた、と感じた。 この絵画に彼の思想や哲学は反映されているのだろうが、その傍らにしっかりと彼の”生活”があることを私はなぜだか強く受け取った。 あれ?この感覚も魔術によるものなのかもしれないな・・・...

Mayumi Yokoyama
2025年8月2日
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