彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術 in アーティゾン美術館
- Mayumi Yokoyama

- 2025年8月5日
- 読了時間: 3分
更新日:2025年12月20日
オーストラリアの原住民であるアボリジニーの血を受け継いだ者たちによって、その民族工芸から派生した様々なアート表現で展開される、アボリジナル・アート。
伝統的でありながら、現代アートにくくられる不思議な立ち位置も興味深い。
今回の展覧会は、その中でさらに女性作家に限定しての企画展である。

私が今回この展覧会に行ったのは、過去との再会を求めてだった。
20年ほど前、国立新美術館で出会った”エミリー・ウングアレー“という人の作品にもう一度触れたかったのだ。
大きな布に描かれた彼女の抽象画が天井から吊るされている、という斬新な演出があり、
その部屋に足を踏み入れた瞬間、あたたかい風を浴びるような感覚に陥り、涙があふれてきたのを今でも覚えている。
圧倒的な”生きる”という決意とか、土着的なエネルギーにあてられた、そんな感じだった。
果たして今回、私の心はどんな反応をしたのか?
まず、会場に足を踏み入れた瞬間、あのときの感覚と似た圧倒的なあれ・・・体の芯がゾクゾクする感覚に包まれた。
それはエミリーの作品ではなかったが、あのときの体験に非常に似ていた。
すべてはオーストラリアの大地でつながっているということだろうか。
西洋絵画を前にしたときに感じるものとは、まったく異質なものである。
さて、エミリーの絵画との再会では・・・大きな変化があった。
あのとき、純真な子供のように感じていたエミリーが、今の私には全てを達観した大人の女性に感じられた。
もっと繊細で、でも強くたくましい、自分の使命を全うしようと、作品に命を注いでいる人だと。
エミリーへの解像度が上がって感じられ、とても貴重な再会ができた。

彼女の作品は大きくは抽象画の分類になるだろうか?
が、もしかしたら、物質が細胞レベルで彼女には見えていて、それを写実しているのでは?という感覚を覚えたのは、おもしろい体験だった。
そして、エミリー以外の多種多様なアートにも圧倒された。


展覧会すべてを見た後、彼女たちの怒り、哀しみ、強く私の心に残った。
かつての私が感じた”生きる”という強いエネルギーの根底に、奪われ、抗い、守ろうとする「歴史」があったのだと、解った。
その歴史を、どうアートに昇華させようとしているのかは、作家それぞれによってスタンスがかなり違うように感じた。
年代、居住区によっても差が出てくるだろう。
それがまた、アボリジナルアートというもののリアルを物語っている。
「彼女たちの」企画にしたことで、よりアボリジナルアートへの理解と、興味をそそられる、素晴らしい展覧会でした。
美術展というのは、作品を見て何を感じるか?自分の心を掘り下げるのが醍醐味だと思っている。
美術史的な正解はあるだろうが、文化体験として正解などなくていい、と思う。
人は他者の感覚に接することで【反応する感覚】に自己を認識していく。
アートを見る、というのは自分を見つめる、ことと同義だ。
私は、自分を見つめることを諦めない。



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